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さわの森開設20周年を迎えて

本日、さわの森は開設20周年を迎えました。

私がさわの森に関わるようになって、16年になります。

それまで私は歯科の業界しか知らず、介護の「か」の字も分からない人間でした。そんな私がさわの森に入職し、最初はデイサービスで介護の仕事を一から学びました。

平成22年末にはショートステイが増床し、その翌年には東日本大震災が起こりました。

そして平成24年。

施設長、介護主任、事務課長、看護主任、通所主任、生活相談員など、各部署の役職者が相次いで退職しました。

まさに四面楚歌でした。

自分自身が孤立し、疑心暗鬼になっていた時期でもあります。

当時は毎日が非常事態のような状況でした。一人で職安に行って一人で面接してた時もありました。

ただ、その頃から「この状況をつくった原因は自分にある」ということは分かっていました。だからこそ、人のせいにするのではなく、自分の責任でこの難局を乗り越えるしかないと思っていました。事務で給与計算を引き継ぐものがおらず気づけば私がずっと担当しています。おかげで勤怠や労務管理、理事会など法人運営は独学で勉強しました。今となってはあの窮地があったからこそ学べたことだと思っています。



平成25年の初めから少しずつ体制を整えていきました。副施設長と二人三脚で試行錯誤しながらやってきました。

振り返れば、その頃から、職員が生き生きと働き、笑顔や優しさが自然と溢れるような雰囲気が戻ってきたように思います。

そんな中、介護事業計画・高齢者福祉計画に基づく市の地域密着型特養の公募に選定され、平成27年にはサテライトさわの森を開設しました。

事業を広げることは、新しい可能性を生む一方で、人材の確保や配置という新たな難しさも生みました。

平成29年末にはひとつのユニットを閉鎖せざるを得ないこともありました。無理に強行突破できたかもしれませんが「さわの森の理想とする介護」を実施するにあたり職員配置が難しかったからです。

平成30年には企業主導型の託児所を開設しました。コロナで子供が少ない時もありましたが昨年からまた子供が増えてきました。家庭的保育で近隣の評判も上々です。

そして令和二年末。

プロスペクトガーデンで、当時県内最大規模となるコロナクラスターが発生しました。

県や保健所が入り、毎日のように会議が行われ、私もその会議に参加しました。

当時は、現在では当たり前となっているゾーニングやガウンテクニックも、まだ十分に確立されていませんでした。

コロナが発生している現場で勤務する職員の子どもたちが、さわの森の託児所を利用していました。

私は会議の中で、「感染が発生している施設で働いている職員の子どもが、こちらの託児所を利用していて大丈夫なのでしょうか」と医師に質問しました。

すると、

「施設長は大学を出ていますか?」

「接触者の接触者は、人ですよね?」

と、まくし立てるように言われました。

正直、喧嘩を売られているようでムッとしました。

しかし、今振り返ると、あの頃は誰も正解が分からなかったのだと思います。

それまで自分たちが勉強してきた知識や定義が、目の前で起きている現実によって次々と崩れていきました。

根拠に基づいて考えるということそのものが、通用しなくなっていた時代でした。

それでも当時の私は、自分の施設と、そこで働く職員を守らなければならないという思いで必死だったのだと思います。


有名な芸能人が亡くなった時は宿直の時にユニットを周ると「施設長は職員を殺す気ですか」と言われたことがありました。当時全国で入院調整が出来なくなりコロナの重度と認定された利用者以外は施設で対応するように国からの方針で決定しました。さわの森でもコロナの感染拡大した時は全職員にレッドゾーンで働けるかどうかなど同意書を交わしました。

コロナによる感染拡大によって、事業継続そのものが厳しい時期もありました。

それでも、職員が一丸となって乗り越えることができました。

現在も、ガウンテクニックやゾーニングなどについて、随時勉強会を開催しています。

あの時の経験を、決して無駄にはしたくありません。


こうして思い返してみると、私にとっての16年間は、本当にあっという間でした。

そして何気ない日常こそが尊いものであり幸せなことなんだと思うようになりました。

楽しかったことよりも、苦しかったこと、悩んだことのほうが、もしかすると強く記憶に残っているのかもしれません。

それでも不思議なことに、今の私には、過去に対する恨みやしこりのようなものは全くありません。

それはきっと、これまでさわの森に関わってくれた一人ひとりとの時間が、苦しかったことも含めて、すべて今のさわの森につながっているからなのだと思います。

今、さわの森で一緒に働いてくれている職員の皆さん。

そして、これまでさわの森に関わり、支えてくださったすべての皆さん。

本当にありがとうございます。

20年という時間は、私一人でつくったものではありません。

これまでさわの森に関わってくださった多くの方々の力が積み重なって、今日という日があります。

これから先、さわの森が30周年を迎えるまでには、また新しい課題や困難が待っていると思います。

しかし、これまで幾度となく困難を乗り越えてきたように、これからも職員みんなで知恵を出し合い、支え合いながら、一歩ずつ前に進んでいきたいと思います。

開設20周年。

ここを一つの区切りとして、また新しい10年が始まります。

次の30周年を迎えたときに、「あの10年間も大変だったけれど、いい10年だった」と笑って振り返ることができるように。

これからも、さわの森を大切に育てていきたいと思います。

そして、これまでさわの森を支えてくださったすべての皆さんへの感謝を胸に、これからの10年を歩んでいきたいと思います。

さわの森、開設20周年。

そして、30周年に向けて。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

 
 
 

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