理事を偲んで
- 滋光 森田
- 7月27日
- 読了時間: 3分
更新日:7月27日
令和8年4月から7月にかけて、興野理事、関理事、そして清水前理事が相次いでご逝去されました。
お三方はいずれも、法人開設当初から森田記念会を支えてくださった大切な存在であり、定款にもそのお名前が記されている方々です。今年、さわの森が開設20周年という節目を迎える年に、このような悲しい別れが続いたことに、深い驚きと寂しさを感じています。
興野理事は、ひたちなか市社会福祉協議会副会長や遺族会代表などを歴任され、地域福祉の発展に多大なご尽力をされました。現在の那珂湊は森田水産のお魚市場などで多くの観光客が訪れる街ですが、その昔、東野屋さんは貸衣装や寝具などを扱う、地域の方々に親しまれたお店だったと伺っています。興野先生は、法人運営についてご指導くださるだけでなく、私個人に対しても字の書き方や礼節、作法に至るまで親身に教えてくださいました。その穏やかなお人柄と温かいご指導は、今でも私の礎となっています。
関理事は、森田記念会の顧問弁護士として長年法人を支えてくださいました。茨城県弁護士会会長や関東弁護士会連合会理事などの要職を歴任され、法曹界の発展にも大きく貢献された方です。支部長として国政に対する政策提言や意見交換にも尽力されたと伺っています。そのような輝かしい経歴をお持ちでありながら、私のような若輩者にも決して驕ることなく、いつも穏やかで優しく接してくださいました。職員に関する様々な問題やトラブルなど、法人運営における数々の困難な局面でも、関先生には何度も力を貸していただきました。
清水前理事は、株式会社おさのガス四代目として会社を牽引される一方、若い頃には技能オリンピックの大型湯沸かし機組立部門で全国優勝を果たされた優れた技術者でもありました。また、ひたちなか市教育委員長を長年務められ、地域教育の発展にも大きく貢献されました。その功績から叙勲のお話もあったそうですが、ご本人は丁重に辞退されたと伺っています。さらに、湊八朔祭りでは和田町総代として町内をまとめる親方役を担い、地域から厚い信頼を寄せられていました。清水前理事もまた、物腰が柔らかく、私にいつも温かく接してくださいました。仁義を重んじ、正義感と情にあふれた、本当に人徳のある方だったと感じています。
今年は、さわの森開設20周年という節目の年です。この一年で、法人創設から森田記念会を支えてくださった大切な方々との別れが続き、驚きと悲しみを禁じ得ません。しかし、その一方で、これまで諸先輩方が築き上げてこられた法人を、これからは私たちの世代が責任を持って守り、さらに発展させていかなければならないという思いを強くしています。
先日、実弟である暁壮と、「今は二人で理事長を支え、いつかその責任を受け継ぐ時が来たなら、兄弟で力を合わせて森田記念会を守り、さらに発展させていこう」と誓い合いました。その日は決して遠い未来ではないでしょう。
お三方からいただいたご指導、ご厚情、そして法人への思いを決して忘れることなく、その志や人としての在り方を受け継ぎながら、これからも役職員一同、地域福祉の発展のために誠心誠意努力してまいります。
改めまして、お三方のこれまでのご功績に深く感謝申し上げるとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。




コメント